地吹雪煙る 冬の猪苗代
野口英世は 1876年(明治 9年) 11月 9日、現在の猪苗代町に生まれました。
15歳の時、火傷で開けなくなった左手の手術を受けた際、医学の素晴らしさに感動した英世は、手術を受けた會陽医院(会津若松市)に入門、薬局生として働きながら、医学、英・仏・独語を学びます。
写真(上)は英世の勉強机。「ナポレオンは 3時間しか眠らなかった」と睡眠時間を削り勉強に励んだそうです。
晩夏の会津盆地
「志(こころざし)を得ざれば 再び此地(このち)を踏まず」
19歳になった英世は 9月、単身上京します。
当時、上京するための最寄り駅は東北本線の「本宮」駅、その距離 約 40Km。
徒歩で本宮へ行き、さらに汽車で 8時間の長旅です。
志に燃える、青年 英世にとって、晩夏のその旅はどのようなものであったのでしょうか。
夢見るのは必ず我が故郷
上京した英世は 若干 20歳で医術開業試験に合格、左手が不自由なため、手術医を諦めた英世は 21歳の時、当時帝大出以外は入れないと言われていた、伝染病研究所(北里柴三郎所長)の研究生となり、以後研究の為にその人生を全うします。
世界のドクター野口となってからも、英世は ”夢見るのは必ず我が故郷”である、と言い残しています。

母 シカ が英世に宛てた手紙
猪苗代湖
野口英世記念館
大川荘より車で 約 60分前後
英世青春館
大川荘より車で約20分
英世が左手の手術を受けた会陽医院は、1階が喫茶店 2階が展示室になっている。






